2009年06月26日

メタンの液体での比重は0.43であり

メタンの液体での比重は0.43でありLNGになると他の成分の割合に応じて0.43?0.48になる。 原油の比重約0.85と比べても液体メタンはかなり軽いため、運搬時には重量に比べて大きな体積を必要とする。

気体のメタンは空気と比べて約55%の比重でありかなり軽いが、気体でも低温の状態では-113℃で空気と同じ重さとなり、それ以下の温度では空気より重くなる。
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事故などで極低温状態のメタンが漏れて-161.5℃以上で気体になると空気の1.4倍程度の重さとなりまず地上に漂うことになる。このガスと周囲の空気との境界で空中の水分を凍らせ白い雲を作る。これが蒸気雲(ベイパークラウド)と呼ばれ、透明なガスが間接的に人の目に触れることになる。 この状態では爆発的な燃焼や凍傷、窒息の危険がある。しばらくは地上に留まった低温メタンガスも、温度が-131℃を超えると空気よりも軽くなり空中へと上昇・拡散していく。

5%-15%の燃焼範囲は他の可燃性ガスと比べれば比較的狭い。気体のメタンが液体になると体積は約1/600になるため、運搬には適している。

燃焼による発熱量は13,300kcal/kgで炭化水素中では最大である。これは5,000-7,000の石炭や9,250の石油よりも大きい。メタンもLNGも共に人体への毒性はない[1]。

2009年06月10日

労作時息切れと肺の過膨張と特徴とする疾患概念

労作時息切れと肺の過膨張と特徴とする疾患概念は、1685年にWillisにより初めて記載された[6]。イタリアの解剖学者ジョバンニ・モルガーニ (en:Giovanni_Battista_Morgagni) は、この疾患患者の肺は剖検時に開胸してもしぼまないことを1761年の著書『 De Sedibus et Causis Morborum per Anatomen 』に記載し、1819年フランスの内科医レンネック (en:René_Laennec) は、「肺の過膨張状態で肺組織の萎縮を伴う疾患」として「肺気腫 emphysema 」という用語を導入した[6][7]。しかし当時、肺気腫は解剖病理学的疾患としての意味合いが強く、臨床症状としての過膨張や気流制限を客観的にとらえられるようになるには、1949年ティフェノーが開発した呼吸機能検査まで待たねばならなかった。
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1950年代、人口増加と高年齢化、大気汚染や喫煙の増加等により、労作時息切れや喀痰の増加を特徴とする疾患患者が増加していた。これをイギリスでは「慢性気管支炎」と呼び、アメリカ合衆国では「肺気腫」と呼んだが、肺気腫・慢性気管支炎ともに気流制限を主要な特徴とするものの、両者の異同が問題となっていた。また気管支喘息の合併例や、鑑別の難しい例もみられた。そのため、慢性気管支炎、肺気腫、気管支喘息などに関する用語、定義、分類の統一を目指し、1958年イギリス学派が中心となりチバ・ゲスト・シンポジウム (Ciba Guest Symposium) が開催された。ここで慢性気管支炎は咳や痰の持続期間等の臨床症状に基づいて用いるべき用語であること、肺気腫は病理形態学的用語であることが提言された[8]。また同会でこれらの疾患概念を包括する用語として、「慢性非特異的肺疾患 chronic non-specific lung disease 」 が提案された[8]が、1965年この用語を止め、慢性気管支炎の用語を拡大して分類を行った[9]。

慢性気管支炎 (chronic bronchitis) の分類(1965年)
単純性慢性気管支炎 (simple chronic bronchitis)
痰の分泌過多を呈するもの
慢性または反復性化膿性気管支炎 (chronic or recurrent mucopurulent bronchitis)
明らかな感染によるもの
慢性閉塞性気管支炎 (chronic obstructive bronchitis)
気流制限を伴うもの(アメリカ学派のいう「肺気腫」はここに含まれるが、病理学的肺気腫がないものも含まれる)
当時、慢性気管支炎は痰の分泌過多から感染をきたし、感染により進行して気流制限を呈するようになる、という病期のプロセスが想定されていた

2009年06月07日

リネンなどを幾層にも重ねて縫い合わせた

プレートアーマーの着用に際しては、まずギャンベゾンという鎧下(布製の衣服のようなもの)を着る。リネンなどを幾層にも重ねて縫い合わせたキルト状のもので、ある程度の防刃と衝撃吸収の役目があるもので、打撃による損傷を和らげ、また鎖帷子がこすれや打撃で皮膚を傷付けるのを防ぐ役割も果たした。高級なものは中にコットンが入っていた(当時はシルクよりコットンのほうが高価であった)。なお現在手芸で人気のあるキルトは、元々は戦争に行く夫や恋人のために女性が作ったギャンベゾンが源流である。

プレートアーマーの発達以前でチェーンメールが主だった時代には、裾が長いチェーンメールの上に鎧を付けるものであったが、後期になると裾が短くなり、体の線にぴったりとした立体裁断になる。後期のものはアームングジャケットと呼ばれる。アーミングジャケットは肩や腰にあながあいており、そこに紐をとおして鎧を結び付けた。

大腿部の鎧はアーミングジャケットの腰の位置に穴を開け、上からベルトをとおす。ベルトには穴と同じ位置に穴が開けられ、紐はギャンベゾンの裏から穴をとおしてベルトを抜け大腿部のパーツに結び付けられる。体に密着させることでより着心地が良く、バランスもとれ鎧のずれもなくなった。アーミングジャケットには肘、脇、首回りにチェーンメールのシートが取り付けられており、これで関節部分を防御する。脇の下には布地は無くチェーンメールだけである。これは放熱を狙ったものだ。

高級な手間のかかったギャンベゾンは全身に放熱用の小さな穴を開けており、その周囲は全て糸でかがってある。
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また多くの騎士は、鎖帷子の全盛期より、鎧の上からサーコートと呼ばれる外套を着用していた。これらは特別な意匠を施すことで敵味方の識別をしたり、またお世辞にも見栄えがよくない鎖帷子を隠して外見を華美にし、権力を誇示する目的があった。また実用面においても、炎天下における甲冑表面の温度の上昇を抑える、あるいは歩兵の武器に鎖が引っ掛けられるのを防ぐ効果があった。プレートアーマーの時代になってもこれは継承されたが、鎖帷子の場合と違ってプレートアーマー自体を誇示したほうが見栄えがよく、また逆にサーコートを着用したほうが武器に引っ掛けられる危険性が高くなるため、次第に用いられなくなった。

2009年04月24日

香水

香水(こうすい)は、体や衣服に付け、香りを楽しむための化粧品の一種。

もともと宗教的な用途や薬用として使われていたが、近代以降、楽しみやたしなみとしての香水が生まれた。香料をアルコールに溶かして作られる。現在では数多くのブランドが生まれている。

装飾品同様、定番のブランドがある一方で、新商品、季節限定商品が市場で注目されることも多い。女優などが自分の名前を冠した商品やブランドを立ち上げることもある。

香水は付けた人間の体臭と混ざり合って香りを演出するので、液体の香りそのものからは身に付けた際の香りを知ることはできない。肌の酸性度(pH - ペーハー)、水分量、皮脂量が各人異なるうえ、皮膚を構成するタンパク質の末端のアミノ酸の違いで飛ばされる香料と残される香料に個人差がある。また、香りは時間がたつにつれて変化する。香水をつけて10分くらいの香りをトップ・ノート、少し時間が経って20分から30分ぐらいの香りをミドル・ノート、大分時間が経って消えてしまうまでの香りをラスト・ノートという。変化のしかたや早さは、濃度や商品によってさまざまである。

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揮発性を利用することから、一般的には体温の高い脈打つ場所につけるとされる。特にひじの内側につけると皮膚温が高く、動作のある為、効率よく揮発する。同じ静脈でも手首は衣服や物に触れる事が多く、案外消えが早くなる。また香りの変化や持ち・目的に合わせてつける場所も変える。耳の後ろや首筋などの鼻に近い場所につけると強く、膝裏や足首などの鼻から遠い場所につけると弱く、香りを感じられるようになる。またハンカチやスカートのすそなど、衣服につける場合もある。この場合は香水によるシミができることがあるので、使用後の衣服の取扱いに注意が必要となる。

香水の調合を職業とする者を調香師(パフューマー、parfumer)と言う。フランスでは、極めて評価の高い調香師をさす「ネ」(仏:nez; 「鼻」の意)という称号がある。石鹸、シャンプー、洗剤等の日用品や、清涼飲料水等の食品に添加する香料を調合する人はパフューマーではなくフレーヴァリスト(flavorist)と言う。

日本でも香水は化粧品の一種として広まってはいるが、欧米ほど使用が一般的になってはいない。これは、食生活や入浴頻度などの文化的経緯から臭い、味覚に敏感であり、無臭が好まれているためである。また、そもそも欧米人と比較して、日本人の多くを占めるモンゴロイド(特に弥生人にあたる新モンゴロイド)には腋臭が少ない人が多いためとも考えられる。その結果、香水そのものの認知やにおいに対するマナーの違いなどにも影響を与え、香水の普及に歯止めをかけていると言える。日本の化粧品会社の製品もあるが、人気商品の多くは代理店などによって海外から輸入されたものである。

2009年04月22日

氏(うじ)

氏は、現代の日本では、おおよそ以下の意味で使われる。

氏(うじ)は、古代氏族を現わすもの。ウヂ。(なお、古代中国における氏は氏 (中国)を参照)
氏(し)は、名前の最後につける敬称。○○氏。古風には、他と同様「うじ」とも読む。
氏(うじ)は、姓氏(せいし)の事。中世後期から明治以前までは、氏とは姓(セイ、本姓)のことであり、名字(苗字)とは区別されていたが、明治以降、現代の日本では、姓・氏・名字(苗字)は、ほぼ同じ意味で使われている。
日本の古代における氏(ウヂ、うじ)とは、氏族、すなわち、祖先を同じくする親族集団およびそれを中心に結合した土着的・政治的集団のこと。氏(ウヂ、うじ)は、やがてヤマト王権を支え仕える父系血縁集団として、ヤマト王権の氏姓(うじかばね)の制により姓氏(せいし)へと転化する。

その中には、地名に由来するもの(蘇我氏、出雲氏、尾張氏、吉備氏など)
朝廷の職(品部)に由来するもの(物部氏、日下部氏など)
天皇によって新たに姓を賜わったもの(藤原氏、橘氏、源氏、平氏、豊臣氏など)
がある。

また、ウヂの後には、のを入れて読むことが多い。こののは、帰属を表す。例えば「蘇我馬子(そがのうまこ)」ならば、蘇我氏「の(に属する)」馬子、源頼朝(みなもとのよりとも)ならば、源氏「の」頼朝という意味となる。

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また、氏の呼称は自己の属する血縁集団に基づいて名乗るものであり、婚姻によって本来所属していた家族集団とは違う氏に属する家族集団に移ったとしても氏を変えることはなかった。平(北条)政子が源頼朝の正室になっても「源政子」と名乗らなかったのはこうした考え方による。ただし養子縁組の場合はケースバイケースであった。源師房が藤原頼通の養子になっても「藤原師房」とは名乗らなかったが、源義家の四男惟頼が高階氏に養子に行ったときは、高階氏に改姓している。藤原清衡のように、もともと入り婿の形で清原姓を名乗っていたものが、藤原姓に戻したものもある。

平安時代の貴族や武士では、血縁集団を区別するための氏(ウヂ)とは別に、家族集団を区別するために家名ないし苗字を名乗るようになり、それが一般的に通用するようになる。例えば源氏の中のある家系は足利という苗字を称し、別の家系は新田の苗字を称した。つまり足利も新田も、血縁集団としては同じ源姓の源氏だが、家族集団としては足利家と新田家と別個に分かれた。時がたてば、足利も新田も家族的規模からより大きな氏族的規模となり、そこからさらにまた家族集団が新しい苗字で別れていった。

江戸時代までは、朝廷の公式文書には氏(ウヂ)と姓(カバネ)を記すのが習わしであった。姓(カバネ)が朝廷との関係を表す。例えば、徳川家康の場合は「源朝臣家康」と記す。「源」が氏(ウヂ)で、「朝臣」が姓(カバネ)である。ただし、平安時代の頃から、氏(ウヂ)と姓(セイ)とは同じものとされるようになり、例えば「源」は姓=氏とされた。姓(氏)と名字(苗字)との違いは、姓=氏が天皇(朝廷)から賜ったものであるのに対し、名字は自らが名乗ったものであるということである。例えば、足利尊氏の場合、姓(氏)の「源」を使った場合は「源尊氏」であるのに対し、名字(苗字)の「足利」を使った場合は「足利尊氏」である。

明治初期から明治民法下における氏
明治時代においては、まず1870年に、それまで身分的特権性を有していた苗字を平民も自由に公称できるようになり、苗字の特権性が否定された(平民苗字許容令)。つまり明治以前までの、姓(氏)と、名字(苗字)の二重制度が廃止され、姓(氏)=名字(苗字)として一元化され、自由に名乗れることにされたのである。

1872年に壬申戸籍が編纂された際、戸主の届出によって、戸籍へ登録する氏が定められることとなる。それまで、朝廷で編纂される職員録には伝統的な氏(うぢ)と諱が用いられてきたが、多くの戸主は戸籍への登録は苗字(家名)を以て「氏」として登録した。広く知られている例では、越智宿禰博文が伊藤博文と、菅原朝臣重信が大隈重信と、源朝臣直正が鍋島直正と、藤原朝臣利通が大久保利通と、藤原朝臣永敏が大村益次郎と登録したものなどである。その後も伝統的に旧来の氏を用いる場面は皆無ではないが、この壬申戸籍以降、国家が公的な場面で旧来の「藤原朝臣○○」などの名称を用いることはなくなり、この壬申戸籍によって伝統的な氏(うぢ)の用法は事実上ほぼ途絶したものといいうる。

その後、日本国民全てを戸籍により把握する必要が発生したことや事務上の要請もあったことなどから、1875年に、全ての国民について苗字の公称が義務づけられることになる(平民苗字必称令)。その際、妻は生家の苗字を称すべきか、夫のそれを称すべきかが問題となったが、1876年の太政官指令では、武士の慣行であった夫婦別氏の慣行に従うべきこととした。

ところが、庶民の生活実態に合わないなどの理由で、明治政府の夫婦別氏政策に対しては、地方から多くの疑問や批判が出された。また、不平等条約の解消の一環として民法典の編纂がその頃始まったが、当時のヨーロッパ法を参考にしたこともあり、妻が夫の氏を名乗る夫婦同氏制が草案の段階で採用され、1890年に公布された旧民法においても、妻が夫の家の氏を用いるとする夫婦同氏の制度が正式に採用されることになる(この旧民法において、法令上は「氏」で呼称が統一される)。

旧民法はいわゆる民法典論争により施行されず、改めて現行民法が制定・公布され1898年に施行された。ここでは、家族制度につき戸主及びその家族から構成される家という集団を想定し戸主に家の統率権限を与えるという、いわゆる家制度が採用された(家制度自体は、旧民法でも採用)。そして「戸主及ヒ家族ハ其家ノ氏ヲ称ス」と定められたことから、氏は、家の呼称としての性質を有することになる。また、家を同じくする者を一つの戸籍に編成する法制を採ったため、戸籍編成の単位としての意味をも持つことにもなった。

家制度廃止後の氏
第二次世界大戦後における家族法の大改正の際、日本国憲法に違反するとして家制度は廃止されたが、氏の制度は廃止されず、維持された。その際、家制度を連想させる「氏」の語を廃止し「姓」を採用することも考えられたが、結局は変更されなかった。

氏は、社会習俗上はともかく、法制度上は家という拠所を失ったため、その法的性格をどのように考えるかが問題となった。この点については、名と合わせて個人の同一性を識別するための個人の呼称としての性質を有すること自体はあまり争いがないが、そのことを徹底して主張するのか、いわゆる核家族の呼称でもあるのか、同籍者集団の呼称でもあるのか、一定の身分関係にある者の共通の呼称であるとするかなどに見解が分かれている。

戦後の家族法改正後においては、氏を同じくするか否かは民法の規定によって定まるが、戸籍が「一の夫婦及びこれを氏を同じくする子ごとに」編成されるため、氏は戸籍編成の基準としての性質をも帯びる。戸籍以外の点で氏の異同が大きな法律上の差異を生じさせることは法制度上は極力避けられているが、祭祀財産の承継については、氏と関連付けられている。

民法での氏
夫婦の氏(750条)
生存配偶者の復氏等(751条)
離婚による復氏等(767条)
離婚による復氏の際の権利の承継(769条)
子の氏(790条)
子の氏の変更(791条)
養子の氏(810条)
離縁による復氏等(816条)
離縁による復氏の際の権利の承継(817条)

2009年04月05日

水着用下着

第一次性徴期の男女は身につけないことが多い。ただし、股布の無い水着を着用する場合はスイムショーツ(スイムサポーター)を履くことが多い。第二次性徴期以降は陰部の保護や陰部はみ出し、陰毛のはみ出しや女性の場合マンスジを防ぐために股布のある水着を着用していても水着の下にスイムサポーターを履くことが多い。一般的に競泳用は材質そのものが優れており、あえて履く必要はなくなっている。色は白・ベージュ・黒などである。また、第二次性徴期以降の女性は、胸ポチや、摩擦を避けるために粘着式の乳首被覆用パッド(知名度の高いニプレスは常盤薬品工業の登録商標である)を貼り付けたり、水着の下にバストパッドを付けることもある。どちらとも下着は水着からはみ出ないように着用する。

競技用水着についての概要 [編集]
競泳用の水着は1970年代以降、素材の改良やデザインの見直しが常に行われ、記録の向上に寄与してきた。そんな中で水着の製造・販売に携わるスポーツ用品メーカーの競争が繰り広げられ、業界再編につながるケースも出てきた。

現在世界ではフランスの「arena(アリーナ)」と英国の「SPEEDO(スピード)」の両陣営がメジャーとなっており、これにイタリアの「DIANA(ディアナ)」、日本の「アシックス (ASICS)」が続く。最近ではアメリカの「ナイキ (NIKE)」、ドイツの「アディダス (adidas)」、さらに北京オリンピックをにらんで中国の「Yingfa(インファ)」なども世界市場に食い込んでいる。

日本国内ではデサントがarena、かつてのミズノがSPEEDO陣営に加わり、これにアシックスを加えた3社が日本水泳連盟から各競技代表選手への水着供給メーカーとして指定され、一般にも普及している。しかし、各社とも技術力をつけてきたことや上記海外勢が日本への展開を本格化させたこともあり、近年は独自の世界戦略をとり始めている。

アシックスはDIANA陣営に加わり、日本で同社の水着をライセンス製造・販売していたが、陸上競技などで自社ブランドへの世界的な認知が高まったことから、競技用水着は自社ブランドに切り替えた(女性向けフィットネス用では引き続きDIANAブランドの人気が高いため契約は存続し、「COMO DIANA」のブランドで製造・販売を継続中)。さらにSPEEDO陣営の一員として数々の先端技術開発を担ってきたミズノも2006年末、創業100年を機に「全商品のブランドを“MIZUNO”に統一する」という方針を明確にし、SPEEDOとのアジア地区パートナー契約を2007年5月で終了させ、以後は自社ブランドの水着を展開している。

なおSPEEDOはミズノとのライセンシー契約が終了後、三井物産が日本での新たなパートナーとなり、ゴールドウインの受託製造・販売で展開されている。

国際水泳連盟は2007年、「北京オリンピックから、水着表面に(高速化のための)特殊な加工を施すことを禁じる」決定を行った。これにより各メーカーでは、いわゆる「鱗(うろこ)入り」「突起付き」「ストライプ入り」水着の製造中止に追い込まれた。このルールの周知を徹底させるため、国によっては新ルールを前倒しで実施して大会を行うケースもある。そうした中、SPEEDO社が開発した「レーザーレーサー」をめぐり、2008年、全世界の水泳界で大きな騒ぎとなった。

ダーラン サフィ サウンド サイド バング レウイ ルンペン レバノン ブラック シード バレー ソフトダ ロッシュ メロン シャーリ おおばなさ クリーン きゅうせき ケマン カイドウ くしびき ハーフ フェア ビリティ ユーエ モッツ ルヒル ヒューズ ライダー 幸福 リンクス マチン ユッケ スリラー YELLOW テレカ ゲート セッション 風の足跡 オンシ 艶姿 検索ジム バースト テレフ ハック プライ ダバード ワクシニア オーバ モンテ

2009年03月21日

初詣臨時列車

初詣臨時列車(はつもうでりんじれっしゃ)とは、大晦日から正月にかけて運行される臨時列車。参拝客の多い神社や寺院への交通アクセスとしての役割を持つ。
運行時期に発行される時刻表の中に記載されている。一部の列車では「大晦日夜行列車」や初日の出列車として運行され、寺社の名前を付けた列車愛称で運行されることがある。また沿線に参拝客の多い寺社が点在する場合は正月用の特別ダイヤを組んで、普段は通過する優等列車を臨時停車させたり、増発、増結、延長運転する場合もある。
メイン フェムト ブレンダー オーダ ジャッキ プロデ ハンド ヨーグルト ひょう リゾット しゅうばつ メーター ダンク デマンド サイトゲ バオアン アコウ カーレ アオイル カーネル モルヒ スター メトロ アシカ センチュリー カルーセル サラダ キャメ バック レイヤー 笑い話 風の子 リットル オジギソ りゅうら 宝石箱 ダンス ウンディー リベット アウテ ビー ジャケブル イバナ バタフラ いもがゆ トラックク レース バズーカ コリドー ブレーク

営業面ではこの期間に寺社の最寄り駅までの企画乗車券や一日乗車券、往復乗車券・臨時列車の座席指定券・現地の観光をセットにした日帰りツアーを発売したり、優待券などの特典を添えて発売することがあり、近畿日本鉄道(名古屋地区を除く)のように大々的に行う会社がある反面、京王電鉄の高尾山往復割引券のように参拝客の利用が集中する期間は企画乗車券の発売を中止する場合もある。


な初詣臨時列車 [編集]
日帰りツアーの一種として団体列車として運行されるものと、多客臨時列車として一般客でも利用できるものがある。前者の場合はジョイフルトレインで運行されることがある。愛称は一例で、年によって変化することもある。

北海道 [編集]
(函館本線・千歳線・札沼線、北海道神宮)

東北地区 [編集]
平泉初詣・ゆく年くる年平泉号(東北本線、中尊寺)
仙台開運号(大崎八幡宮)
福満招福号(只見線、柳津虚空蔵尊)

関東地区
鎌倉臨(鶴岡八幡宮)
成田臨(成田山新勝寺)※京成も臨時スカイライナーを運行
高尾臨(高尾山薬王院有喜寺)
迎光かがやき号(都営新宿線→京王線→高尾線、高尾山薬王院)
だるまエクスプレス(京急本線?大師線、平間寺:川崎大師)
初日号(京急本線→久里浜線)
犬吠初日の出号・外房初日の出号(総武本線・成田線、外房線)
熱海初日の出号・伊豆初日の出号(東海道本線・伊東線)
常磐初日の出号(常磐線)
ニューイヤーエクスプレス(小田急小田原線・江ノ島線)
初詣&初日の出号(東京メトロ千代田線?小田急線)
千代田線?小田急の臨時列車としては、初詣臨時の翌日、翌々日に箱根駅伝観戦のための臨時直通列車も運転される。

群馬県の初詣列車 [編集]
上信電鉄上信線 - 富岡市貫前神社への臨時列車
わたらせ渓谷鐵道わたらせ渓谷線 - 貴船神社への臨時列車

中部地区 [編集]
豊川臨(飯田線、豊川稲荷)
伊勢臨(参宮線、伊勢神宮)
初詣100円臨時列車(長野電鉄長野線、善光寺) - 1乗車100円(小児50円)均一
坐光寺臨(飯田線)
ニューイヤー号(しなの鉄道、善光寺)
初詣NODOKA(白新線?越後線?弥彦線、弥彦神社)
開運号(富山地方鉄道本線、岩峅雄山神社)

近畿地区 [編集]
年越し参り臨時列車(近江鉄道本線?多賀線、多賀大社)

中国・四国地区 [編集]
大社臨(山陰本線、出雲大社) - JR大社線廃止前は大社線に乗り入れ
初詣ミッドナイト電車(一畑電車大社線?北松江線、出雲大社、一畑寺)
レオマ・初詣臨時列車(高松琴平電気鉄道琴平線、金刀比羅宮)
こんぴら初詣号・こんぴら初日の出号(瀬戸大橋線?土讃線、金刀比羅宮)
やくおうじ号(高徳線、薬王寺)
宮島号(呉線・可部線?山陽本線、厳島神社)
SL津和野稲成号(山陽本線?山口線、津和野太皷谷稲成)

九州地区 [編集]
初詣号(西鉄天神大牟田線?大宰府線、太宰府天満宮) - 平日ラッシュ時は太宰府線への直通列車あり

正月ダイヤが設定されている主要路線 [編集]
多くの路線で正月三が日は休日ダイヤを適用することが多いが、参詣客の多い寺社が沿線にある場合は正月用の特別ダイヤを設定することがある。この場合はヘッドマークを取り付けたり、車両運用の関係で優等車両や特別車が普通列車の運用に就くなど、鉄道ファンにとっては目が離せないイベントとなる。

京王線・高尾線 - 深大寺・金剛寺(高幡不動尊)・高尾山薬王院など。
京急大師線 - 川崎大師
京成本線 - 成田山新勝寺。2007年より普通列車の延長運転を開始。
京成金町線 - 柴又帝釈天。終夜運転では都営地下鉄浅草線からの直通運転もあった。
成田線 - 成田山新勝寺。三が日は、成田エクスプレスが成田駅に臨時停車する。
東武大師線 - 西新井大師
名鉄名古屋本線・豊川線 - 熱田神宮・豊川稲荷が中心
名鉄犬山線・常滑線 - 成田山別院
近鉄大阪線・山田線 - 伊勢神宮が中心、途中の長谷寺へも。
近鉄南大阪線 - 葛井寺(藤井寺)・橿原神宮・吉野神宮
京阪本線・宇治線・交野線・鴨東線・中之島線・鋼索線 - 平安神宮・伏見稲荷大社・石清水八幡宮・成田山不動尊など。
近江鉄道本線?多賀線 - 多賀大社。本線の快速を高宮駅に臨時停車
南海本線 - ラピートを除くすべての優等列車を住吉大社駅に臨時停車
阪急宝塚本線・箕面線 - 中山寺・売布神社・清荒神
西鉄貝塚線 - 香椎宮・宮地嶽神社

2009年03月06日

フランソワ・ド・グラス

フランソワ・ド・グラス(フランス語:François Joseph Paul, marquis de Grasse Tilly, comte de Grasse, 1722年 - 1788年1月14日)は、フランスの侯爵にして伯爵、フランス海軍の提督である。アメリカ独立戦争の最後の局面でフランス海軍を率い、イギリス軍を降伏に導く重要な役割を演じた。

ド・グラスは、現在のアルプ=マリティーム県バル=シュル=ルーで生まれた。11歳の時、団長の給仕としてマルタ騎士団に入った。1734年、聖ヨハネ騎士団のガレー船で少尉となり、1740年にフランス海軍に入った。

1776年、アメリカ独立戦争がイギリスとの間に始まると、フランス海軍はアメリカ側を応援することになった。1船隊の指揮官となっていたド・グラスは、ドルヴィリュー伯ルイ・ジローの下で1778年7月23日から27日の第一次ウェサン島の海戦に参加した。1779年、カリブ海でデスタン伯爵の艦隊に合流し、1780年のドミニカとセントルシア、および1781年のトバゴ島の海戦で頭角を現した。ド・グラスはグレナダの占領に貢献し、グッシェン伯爵とイギリス海軍のロドニー男爵との間で争われたマルティニーク諸島の3度の戦いに参加した。

ド・グラスはジョージ・ワシントン将軍とロシャンボー将軍を応援するため、3,000名の将兵を載せてセントドミニク島を出港した。ド・グラスは援軍をバージニアに降ろした後、1781年9月にイギリス艦隊とチェサピーク湾の海戦を行い、イギリス艦隊を撤退させた。その後、ヨークタウンに至る海域を封鎖したためイギリス軍は孤立し、10月19日にはイギリス軍のコーンウォリス将軍が降伏した。アメリカ合衆国の独立がなった。

その後、ド・グラスはセント・キッツ島の海戦ではフッド提督に敗れた。さらに1782年4月セインツの海戦でロドニー提督に敗れ捕虜となった。数ヶ月後帰国を許され、「正当化の備忘録」を出版したが、1784年には軍法会議にかけられた。ド・グラスは1788年に死んだ。

ド・グラスの息子、アレクサンドル・フランソワ・オーギュスト・ド・グラスは1840年に「未公開文書によるド・グラス提督の伝記」(Notice biographique sur l'amiral comte de Grasse d'apres les documents inedits)を出版した。

記念碑
ド・グラス提督がアメリカ合衆国を助けイギリスからの独立を勝ち取ったことを記念する碑が、バージニア州バージニアビーチ、ストーリー砦のヘンリー岬記念公園にある。碑は国立公園局の植民地国立歴史公園によって管理されている。
レイアグト シアー リトル インジゴ マテハン トリプシン 万木かぶ ストロボ あんず ミング ローカル シャボン アーチ トミート スケー りゅう バーバー テンニン 対策いな パスタ 世界の橋 トレッ パレット レセル イスト トワイライ スター マカロ フォト はつとら ローン ザコン こくちょ ミシシ ミート ブーイ ディティ メルヘ ダウンタ バイフォー ゼット 発酵SEO フェムトセル 夕焼けの丘 サンテ ドリア ノーサイド タギング オミット オプシン

艦船名
フランス海軍にはド・グラスに因んで名付けられた艦船が2隻ある。

巡洋艦 ド・グラース (De Grasse)(1939 - 1974)
トゥールヴィル級駆逐艦 ド・グラース (De Grasse)
アメリカ海軍には3隻ある。

スプルーアンス級駆逐艦 コント・ド・グラス (USS Comte de Grasse)(1978 - 1998)
クレーター級輸送船 ド・グラス (USS De Grasse)(1943 - 1946)
ヨット ド・グラス (1918)
1920年代には、フランスの中型外洋商船ド・グラスがあった。

2009年02月14日

プリズム・アーク 〜プリズム・ハート エピソード2〜

ヴィントラント王国を舞台とした世界で繰り広げられる。戦闘はポリゴンキャラをコマンド入力で動かすSRPG、基本シーンはADVの複合型システム。ADVパートでの選択肢の結果により女性キャラクターとの好感度が変化し、それぞれへのエンディングに分岐する。
チモール ジョリティ ジルバ マンボ サーチガム ロズウ いととく ペクトル オフロ スマトラ ネック ショルダ バンジョ キャリア ハマユ タッグ ユーコン JAPAN いちにいさん 天徳 バキュ バンパイア コンヒ ナビミット ツツジ コート おおだま マングース ビーバー ホルダー しょく コチュカル パラペ フレー ビエンナ フリー ライス 王の行進 マイクラ レジス サンセ ドラマ オール ビショ きたひろ ナンプレ クロス マモモ モノク リュート

序盤から中盤にかけてローゼンベルグ騎士養成学校での学園生活がメイン。中盤以降は宗教戦争を軸に大きな戦いに発展していく。

ハヤウェイ
声優:鈴村健一 / 柿原徹也
お気楽主人公。武器は「アーラ・グラディウス」という名のバスタードソード。主要キャラクターだがフルボイスではなく、ADVパートの一部と戦闘パートでのみボイス付。基本的には剣士だが、通常ではどちらかしか使うことの出来ない攻撃魔法と回復魔法を両方扱える稀有な才能の持ち主。何らかの特別な存在であるようで、物語中でははっきりとした解答はなかったが、ビジュアルファンブック内で多少補完されている。
上記によると、彼はレリヒオンと同じく『神』の1人であるらしい。前作で登場したグスタフ王とエコーは彼の義理の祖父母に当たる(18年前(アニメでは16年前)に空から降りてきた赤子の彼をエコーが保護して育てていた)。
名前の由来はヤハウェのアナグラムである。
プリーシア
声優:榊原ゆい / 同左
ツンツンお姫様。テレビアニメ版では主人公。武器は「ルビー・フラッシュ」という名のレイピア。凄腕の剣士だが神楽以外には短気で攻撃的、素直になれない性格。行方不明のヴィントラント王女ではないかと噂されている。
実際は王女ではなく、姫のような振る舞いは敵対者からその目を自分に向ける影武者を演じるためだった。キザーロフの娘であり、本名はプリーシア・フォン・ローゼンベルグ。時々(興奮したとき、混乱したときなど)父親同様反語が出る。彼女のルートではストーリー終了後、マイステルより王位を譲られて新女王として即位した。
発売前人気投票では僅差でシスター・ヘルに敗れて2位。『らぶらぶマキシマム!』の人気投票でも再びヘルに破れ2位となる。
ドラマCDでは大抵オチで彼女が痛い目にあってるため、ハヤウェイたちに『オチの人』として認識されており、ドラマCDに出演することを嫌がっている(冒頭でドラマCDであることを聞いた瞬間に逃げようとするほど)。
初期段階ではプリンシアという名前であった。
神楽(かぐら)
声優:生天目仁美 / 同左
和の国の巫女。武器は「天雅深尊(あまがみのみこと)」という名の弓で、治癒魔法を得意とする。母性本能が強く、寡黙な食いしん坊。普通の人とちょっと感覚がずれているがお茶目な面も。
あることをきっかけに不死に近い驚異的な回復力(通称『死なずの巫女』)を身につけていた。それは、故郷が流行り病に陥った際、彼女だけが村に伝わり、彼女の一族が守っていた『不老不死の薬』を母親に飲まされたことが原因である。まだ幼かった神楽は村人が全滅し、死体が腐乱するほどになっても状況を受け入れることができず、偶然破戒僧が立ち寄るまでは「みんなは生きている」と思い込んでいた。
破戒僧により前作の神弥無(カミナ)が率いる組織に引き取られ、ようやく現実を受け入れる。しかしこのことが原因で、以前は明るさが失われ、寡黙で笑わないようになってしまった。彼女のルートのエンディングにて、不死の力から解放されて故郷に帰り、家族や村人たちを供養した。
フェル
声優:水橋かおり / 同左
自称「自称天才魔法操者」。武器はマジカルハンマーで、魔法攻撃を得意とする。いつもくしゃみなどが原因で魔法を暴発させ場を混乱させるトラブルメーカー。ハヤウェイを巡ってフィーリアとよくケンカをしている。「へちゃー」という口癖がある。明るく気さくな性格だが重い過去を持つ。彼女のルートはその展開から比較的人気が高い。
実は天使化の被験者で、唯一の脱走者。その名残として背中に小さな羽が残っている。劇中で天使に対して異様なほどの恐怖を感じているのは、自分もいつか彼らのようになってしまうのではないかと思っているため。検診のときに服を着ていたことなどはそれを隠すためである。実験場にいたときに出来た友達、シャルの行方を捜している。
劇中で彼女が雪を降らせる魔法を開発しようとしたのは、シャルから雪の話を聞き、いつか一緒に見ようと約束したためである。。『らぶらぶマキシマム!』では自らの意思で究極天使に変身することができるようになる。
名前は英語で『失敗』を表す『fail』から。
壬生 華鈴(みぶ かりん)
声優:松井菜桜子 / 同左
生真面目熱血教官。壬生流剣術という太刀の二刀流で戦う。太刀の名はそれぞれ「虎鉄(こてつ)」と「菊一文字(きくいちもんじ)」。和の国の武士である父とヴィエーラ人の母をもつ。ヴィエーラ王国最強と謳われるテンペル騎士団(テンペルリッター)の騎士。学校へは実技指導にやってきた(実際は問題児だった彼女に対する体のいい厄介払いに過ぎない)。極度の方向音痴で学校内ですら迷う(彼女自身には方向音痴だということの自覚がまったく無い)。
破壊的な料理の腕の持ち主で、彼女の作った料理は人体に有害な効果を発揮する。これはゲーム中のアイテムの効果としても反映されている(これも本人に自覚はない)。剣で斬ることができないからという理由で、幽霊が大の苦手。レリヒオン教の敬虔な信者で、過去の事件からかつての親友だったシスター・ヘル(テレサ)を極度に敵視している。
生まれ育った和の国で「異人の子」といじめられてきたことや、過去の事件で子供たちを救えなかったことにより、常に自分の剣とレリヒオン教を何が何でも信じようという強迫観念に囚われている。彼女のルートはそれらに裏切られ克服するまでの経緯が主体となる。
フィーリア
声優:桃井はるこ / 同左
主人公の世話焼き・焼き餅焼きでブラコンな妹。主人公を巡ってフェルとよくケンカをする。「〜かな」というのが口癖。武器はモップ(学校の備品)だが戦闘にはほとんど参加しない。
彼女の正体は前作主人公マイステル、前作メインヒロインプリンセアの1人娘で行方不明のヴィントランド王国王女。本名フィーリアレーギス・フォン・グリューネヴァルト。唯一EDが特別扱いになっている事と最後に攻略できる事から、彼女のルートこそがトゥルールートなのではとの声もある。
治癒者としての才能を持っており、彼女のルートの後半では強力な回復魔法を使用できるようになる。名前の「フィーリアレーギス」はラテン語で『王女』の意。『らぶらぶマキシマム!』では女王に即位する気が全く無く、プリーシアと互いにその権利を譲り合う日々が続いた。
本作中ではエッチシーンが存在しなかったが、ファンディスク「テレサとハート」で追加された(ただし、テレサとハートの仕様上、音声は入っていない)。
リッテ・ラートゥス
声優:こやまきみこ / 同左
ロリメガネ教師。天才的な頭脳と知識を持つが見た目と性格はかなり子供で、ドジッ娘属性。子供っぽいことを指摘されると大泣きする。魔法攻撃を得意としており、打撃は2つの浮遊魔法石「バド」と「フィス」を相手にぶつける。
父のバードレは天使の開発者であり、彼女自身も過去に天使研究に深く関わっていた。裏ではジュダスの手先として暗躍していたがそれは神と天使を倒して天使の製造技術を封印するための行動だった。フェルたち実験体の脱走の手引きをしたのも彼女である。彼女のルートでは彼女がラスボスとして立ちはだかる。
ネットラジオ『プリズムナイトII』の質問コーナーにて、彼女はヒロイン中最年長であることが明らかとなった。
名前のリッテ・ラートゥスはラテン語で『知識人』の意。
シスター・ヘル / テレサ・ティレット
声優:浅川悠 / 同左
「エクスピアティオ(ラテン語で「贖罪」の意)」という名の巨大な十字剣を持つシスター。サブルム軍の傭兵で主人公の前に幾度も立ちはだかる。テレサとしてはメディアードの街で出逢った。子供好きで、孤児院にお菓子を差し入れている。元々は華鈴と同じく敬虔なレリヒオン教信者で彼女の親友だったが、ある事件をきっかけに神の信仰を捨てていた。肉料理を食べることが出来ない。
リッテ同様最初からヴィエーラの実態を知っている人物。かつてはヴィエーラの孤児院で働いていて、華鈴とはそのときに知り合い、親友となった。あるときに引き取られたはずの孤児たちが実験台にされていることを知り、孤児たちと一緒に逃走した。しかし逃げる最中、洞窟へ閉じ込められてしまう。飢えと疲労の極限状態の中、事故で死んでしまった子供の1人を食料として食べてしまい(肉が食べられなくなったのはこのことが原因である)、同時にただ神に祈っても何も起こらないということに絶望、神への信仰を捨てることとなる。そして無事に洞窟から生還した後、復讐のためサブルム軍へ志願した。
元々は優秀な治癒者であったが、神への信仰を捨てた際に治癒能力を心の奥底に封印した結果、封印した力が別の波動として作用したため、肉体強化の方向へ転化している。『らぶらぶマキシマム!』では治癒能力を取り戻し、かつ肉体強化モード(通称「ヘル・モード」)との切り替えが任意に可能になっている。
発売前人気投票では全ヒロイン中第1位を獲得していて、彼女がヒロインのファンディスク「テレサとハート」も製作されている(ただし、仕様上音声は入っていない)。プリズム・アーク らぶらぶマキシマム!の人気投票でも再び1位を獲得した。
名前は実在の人物であるマザーテレサから。
エイン・ラッセン
声優:神谷浩史 / 寺島拓篤
主人公の寮でのルームメイトで、通称「3バカトリオ」の1人。ドラグーン・クラス(主人公の隣のクラス)所属。
強力な魔法繰者だが、出力を上手く調整できず大威力の魔法しか使えないという欠点がある。自分の魔法の制御の仕方を学ぶため騎士養成学校へとやって来た。あまり人と関わりたがらずクールに見えるが、実は激昂しやすい性格。仕事のために優秀な魔法繰者の相棒を求めるアクティからしつこく誘われており、それを撃退するためにしょっちゅう喧嘩をしている。村を襲った賊を追い払うために慕っていた人を傷つけてしまった過去を持ち、それを悔やみ続けている。
ユング・フォン・フェルディナント
声優:宮田幸季 / 小林ゆう
主人公の寮でのルームメイトで、通称「3バカトリオ」の1人。ドラグーン・クラス(主人公の隣のクラス)所属。
下級貴族の妾腹の子。異母兄が亡くなった後家族と関係が気まずくなり、逃げるように騎士養成学校へとやって来た。何故かハヤウェイのことを「お兄ちゃん」と呼んで慕ってくる。
優秀な魔法繰者であった異母兄に憧れ自身も魔法繰者を目指すが、才能がないらしく少し強力な魔法になると途端に失敗してしまう。ただし、彼の本当の才能は治癒者としての方面にあり、ハヤウェイとの特訓の際ふとした拍子にその才能を開眼させることになる。思ったことをそのまま歌にする変な癖がある。
アクティ・アクセル
声優:高橋広樹 / 泰勇気
主人公の寮でのルームメイトで、通称「3バカトリオ」の1人。ドラグーン・クラス(主人公の隣のクラス)所属。
妹を養うために騎士養成学校へとやってきた剣士。「ガイツハルス」という名の巨大な鉈のような剣を使う。剣の腕はプリーシアと同等。明るく女好き(スケベ)な性格で、大概はアクティが悪巧みの首謀者となり、他3人が巻き込まれる形となる。収入のほとんどを妹への仕送りに当てているため、常に金欠状態。一攫千金を狙って難易度の高い仕事をこなすためエインを誘おうとしているが、拒否されてしょっちゅう喧嘩になっている。
サブルム軍の襲撃で両親を失っており、隠れていた際に両親の殺害される様子が聞こえてきていたことがトラウマとなり、暗所恐怖症になっている。
キザーロフ・フォン・ローゼンベルグ
声優:岡野浩介 / 同左
ヴィントランド王国の摂政。前作『プリズム・ハート』から引き続き登場。前作では、マイステルを罠にはめたりするなどの嫌奴として登場したが、本作ではマイステルとプリンセア不在の間に騎士として貴族としての自覚が出たのか人間が丸くなったのか不明ながら、国王不在の王国を支えている一方で、ハヤウェイたちが通う騎士学校の校長をしている。やたらと会話に反語を多用したがる(しかも直後に自分で突っ込んでる)。普段はただのスケベ貴族だが剣の腕は確かである。
上記のプリーシアの項目であるとおりプリーシアの父親であるが、未だにプリーシアの母親、つまり妻が誰か明らかになっていない。このことはファンの間で発売当時からたびたび議論されている。ただ、ぱじゃまソフトがユーザー登録者に配布していた、ぱじゃまちゃんるーむのおまけシナリオ『キザーロフその哀』に、妻の伏線がある。また、暗黒騎士がマイステル王であると気がついた唯一の人物である。
暗黒騎士(あんこくきし)
声優:子安武人 / 速水奨
サブルム帝国軍所属。全身を覆い隠す黒い鎧と竜の翼のようなものを身につけている。強い者と戦うのが生き甲斐で、幾度となくハヤウェイ達の前に立ちはだかる。
正体は3賢者に操られたヴィントランド国王マイステル。サブルムとの最終決戦でキザーロフに兜(正確には兜についていたプリズム)をたたき割られ洗脳が解ける。
マイステル
声優:無し / 小林ゆう(幼少時代)
行方不明となったヴィントランド王国国王で前作『プリズム・ハート』の主人公。
剣聖王の2つの名で呼ばれている。
3賢者によって操られ黒騎士としてハヤウェイの前に立ちふさがる。プリーシアルートではストーリー終了後、王位を退位してプリーシアに譲位した。最終決戦に、マイステルとして登場しなかったことを惜しむ声が多少ながらある。
プリンセア
声優:無し / 浅野真澄
マイステルと共に行方不明となったヴィントランド王国国王の妻で前作『プリズム・ハート』のヒロイン。
騎士王妃の2つの名で呼ばれている。
天使製造の遺跡を動かすための『鍵』としてサブルムの遺跡に囚われている。
コメート
声優:無し / 生天目仁美
国王夫妻のメイド。前作『プリズム・ハート』より引き続き登場。アニメ版ではプリンセア・マイステルの過去の語り部を勤めた。
エコー
声優:無し / 大原さやか
ヴィンラント王国前王妃。前作『プリズム・ハート』より引き続き登場。
前国王のグスタフ王と共にハヤウェイとフィーリアを育てた。孫であるハヤウェイとフィーリアから「お婆ちゃん」と呼ばれると怒る(お姉さんと呼ばせている)。
ゲロート・ポイオス
声優:無し / 西松和彦
サブルム帝国の皇帝。元々は一介の将軍だったが、クーデターによって皇帝の座に着いた。
その実態は戦争の黒幕である3賢者の傀儡であり、かつての遠征でヴィントラント軍に母親を殺された恨みを利用されていた。散々3賢者に利用された挙句、最期は用済みとされ殺された。
名前はラテン語で『道化』の意。
ジュダス
声優:石井康嗣 / 中村悠一
テンペル騎士団(リッター)団長。華鈴の上司。
その正体はフェルと同じく、天使にされた被験者にして初めての成功例。しかし、副作用で絶えず崩壊の恐怖に襲われている。神の血をひく3賢者には逆らえないようになっていたが、3賢者がハヤウェイたちに敗れた際に現れ、止めをさす。表向きでは子供にも優しい人物だが、本性は醜悪そのものであり、自分以外の人間すべてを見下している。
自らが神となるためにプリンセアから取り出した、神の血族であるヴィントラント王族の因子を取り込み、巨大な天使となる。リッテルート以外では彼がラスボスとなる(バッドEDはボスがいない)。フィーリアルートではさらにフィーリアの因子を取り込み、完全体となる。名前は英語で『裏切り者(もしくはキリストを裏切った十二使徒ユダ)』の意。
3賢者(ケスビム・トーラ・ネイビム)
声優:無し / 杉崎亮・丹沢晃之
ヴィエーラ王国の最高権力者。
全ての黒幕。実は何百年も生きている。元々はレリヒオンの弟子だったが、彼の持つウームやアルクの技術を奪うためにレリヒオンを裏切り抹殺している。天使の技術を用い不老不死になろうと企んでいた。自らを神と称してハヤウェイたちに襲い掛かるが逆に倒される。その後天使の細胞が暴走して体が融合、そして精神が崩壊し、天使以下の醜悪な怪物と化して更に彼らに立ちはだかるが再び破れ、挙句の果てにはジュダスに踏み潰されてあっけない最期を遂げた。
彼等の見た目はいわゆる『見ざる言わざる聞かざる』がモチーフとなっている。
血桜(ちざくら)
声優:無し / 寺島拓篤
サブルム帝国の忍者の長。
シャル・キエル
愛称シャリー。雪の国グリュンラントの出身。フェルの親友だった少女。素直で純粋。
フェル同様、ヴィエーラの研究施設で天使の実験体にされていた。脱走の際、フェルを逃がすため自ら囮となってフェルを逃がす。フェルを逃がすことは出来たものの、彼女自身はその後捕まってしまう。フェルのルートでは終盤、究極天使と化し、フェルと悲劇的な再会をする。
ウィン
声優:無し / 辻あゆみ
テレサがヴィエーラにいた頃、彼女の孤児院で暮らしていた少女。引っ込み思案なところがある。華鈴に懐いていた。
テレサがヴィエーラの実態を知って逃走する際、テンペル騎士団の追っ手によって華鈴の目の前で断罪の名の下に殺された。
ウェル
声優:無し / 辻あゆみ
メディアードの孤児院で暮らしている少女。舌っ足らずなしゃべり方が特徴。おままごとが大好き。原作ではハヤウェイと、アニメ版ではプリーシアと出会う。
エテ
声優:無し / 仲西環
メディアードの孤児院で暮らしている少年。いつも鍋を背負っていて、メトと一緒に騎士ごっこでよく遊ぶ。原作ではハヤウェイと、アニメ版ではプリーシアと出会う。
メト
声優:無し / 生天目仁美
メディアードの孤児院で暮らしている少年。エテと一緒に騎士ごっこでよく遊ぶ。原作ではハヤウェイと、アニメ版ではプリーシアと出会う。
パルティ
ハヤウェイとテレサが王都で知りあった少女。生意気だが明るく元気で、少しませたところがある。語尾に「〜でし」とつける。
孤児院で育っていたが、里親が決まり、そのためにプレゼントを買おうとしていた。テレサとハヤウェイはそれに付き合い、3人はまるで家族のような時間を過ごす。そして彼女は里親の元へ向かった、はずだった。サブルム侵攻の際、ハヤウェイたちは暴走した究極天使を倒す。しかし、その究極天使の正体はヴィエーラで天使の実験体にされた彼女であった。
『らぶらぶマキシマム!』ハーレムルートでは、テレサが運んだ遺体がリッテに預けられた際に、リッテが遺体をウームに持ち込んで蘇生させたため、生き返って再登場している。組み込まれた天使の因子により、細胞の生命力が強化されているために蘇生が可能となった。天使の因子がまだ残っているため、酒を飲んだりすると再び究極天使化してしまう。
サクリフィス・ラートゥス
リッテの弟。生まれてすぐに母親が他界したため、リッテに面倒を見てもらいながら育った、家族思いの心優しい少年。名前の由来は「Sacrifice(生贄)」からか。
体が弱く、1日の大半をベッドですごすほどであった。しかし、父バードレが施した実験により天使の因子を植え付けられ、失敗。暴走し、父をはじめとした研究員を多数殺害し、息絶える。リッテはこの惨劇を目の当たりにし、天使の製造技術の封印を決意した。
バードレ・ラートゥス
リッテ、サクリフィスの父親。元は町で小さな医院を営んでいたが、『蒼き月の惨劇』の後、ヴィエーラの軍事施設で所長に登用された。研究に忙しくてほとんど家に帰れなかったが、家族思いの優しい父親。
元々は息子サクリフィスの体を直すためにも研究をしていた。しかし、徐々にその研究、すなわち人間の天使化に心を奪われ、狂気に囚われてしまい、ついには息子にその実験を施す。実験は失敗し、暴走したサクリフィスに殺された。
ユリアーナ・ユスティーナ
エインに魔法を教えた先生。エインより5歳年上の女性。
シーラ・アクセル
アクティの妹。アクティより3歳年下。
フレデリック・フォン・フェルディナント
故人。下級貴族フェルディナント家の長男で、ユングの異母兄。優秀な魔法繰者であり、ユングが目標にしていた人物。体が弱い。
ユングの「思ったことをそのまま歌にする」癖は彼が原因。
瓢慈(ひょうじ)
和の国の破戒僧。神楽の回想シーンで登場し、ある重要な役を担う。
全滅した村人の死を受け入れられずにいた神楽を発見した人物であり、両親の死体を破壊する様を見せることで神楽に正気を取り戻させた。その正体は時の政権に仕える裏陰陽道の隠密部隊「風切りの珠(かざきりのたま)」の密偵。
フローライト
宿屋「風車亭」(前作「プリズム・ハート」で舞台となった場所)のウェイトレス。
ルーア
声優:無し / 門脇舞以
PS2版の追加ヒロイン。武器は「カリス・ロンギアス」という名の槍。サブルム兵に襲われていたところをプリーシア達に助けられた。記憶喪失になっている。
PS2版より一足先に『プリズム・アーク らぶらぶマキシマム!』や『プリズム・アーク れいんぼ〜☆ドラマCD2』に登場している。ただし、『らぶらぶマキシマム!』に出演した際には販促のためのゲストという扱いで、1シーンしか登場しない。PC版には登場していないことから「ルーアは皆を知っているが、皆の方は誰もルーアと面識がない」というネタにされている。
エティル
『らぶらぶマキシマム!』のハーレムルートに登場する新ヒロイン。ローゼンベルグ騎士養成学校の保険医代行。前任の保険医(エミリ・スターフィールド)が王宮魔法ギルドに転属になったため、臨時に雇われている。作品中最大のバストサイズ (102cm) の持ち主。頭脳明晰でサバサバした口調が特徴的。ことあるごとにハヤウェイを誘惑してくる。
その正体はリッテが実験に用いていた身体変化の魔法石が変化したもの。リッテが落とした髪や唾液が核となり、かつナイスバディになりたいというリッテの強い想いを受けたため、リッテの記憶に強く焼きついている母親の姿と巨乳を兼ね備えた姿をしている。また、リッテの想いを受けた際にリッテの記憶を継承しているため、様々なことに詳しくなっている。
ブリジット
声優:無し / 阿澄佳奈
アニメ版オリジナルキャラクター。
本名セリマ。ゲロートの姪で、サブルム帝国軍所属のアサシン。プリーシアを暗殺すべく騎士養成学校に入学してくるが、実力はあるものの不幸なうえ究極のドジっ子であるため、やること成すことがすべて裏目に出てしまう。語尾に「〜です、はい」と付けるのが口癖。ペガサス組に所属し、フェルのルームメイトとなる。
プリーシア様親衛隊
アイラ・マッシー・オルツィーの剣士3人娘。全員アニメ版オリジナルキャラクター。コンビネーション技「乙女ハリケーンアタック」を得意としている。
アイラ
声優:無し / 小林ゆう
3人娘のリーダー格でプリーシア様親衛隊を結成するが、当のプリーシアには冷たく突き放される。思い込みが激しい性格で、入学式でプリーシアに恥をかかせたハヤウェイを敵視している。剣士だが魔法の心得もあるようで、金ダライを召喚する魔法を使用する。
マッシー
声優:無し / 太斎寛子
親衛隊の副隊長で、アイラと似て強引な性格。同じくハヤウェイを「女の敵」と見なしている。デコが光る。
オルツィ
声優:無し / 後藤沙緒里
他の2人と違い気弱な性格で、親衛隊での過激な活動も2人に引きずられる形に過ぎず、実はハヤウェイに思いを寄せている。その割にはトラップに容赦なく、ギロチンを仕掛けたりもする。

天使
遺跡から発掘されたウームの中で生み出される疑似生命体。元々は労力として存在していたが、サブルム帝国が使う兵器の総称へと変わった。羽根があり、頭の近くに天使の輪のような痕跡があることからそう呼ばれており、様々なタイプが存在する。本来の天使は人型で温和なものが多いのだが、サブルムで生み出されたものは兵器として生み出されているため凶暴。サブルム地下にある、ウームという天使製造施設で製作されている。ヴィエーラは更に人体に天使の因子を組み込むという、非人道的な実験と研究を続けて発展させていた。その実験により生まれたのが究極天使である。

轟力天使 ザクェル
重騎士の様な姿をした、1番初めに目撃された天使。『蒼き月の惨劇』の際に現れ、ヴィントラント兵たちを混乱させた。
攻速天使 ラディエル
可変機能を持っている天使。飛行詠唱プログラムにより、浮遊している。ザクェルと比べると細身だが、機動性はトップクラスであり、十分な攻撃力を持ち合わせている。高速モードに変形することが出来、そのスピードは音速を超えるほど。
光輪天使 ファギエル
物語の1年程前から目撃されるようになった天使。他の天使よりも一回りほど巨大。背中の間接部分が変形して大砲となり、『光の矢』を放つ。その威力は通常戦闘の4倍もの被害を出すといわれている。リッテも授業で、対処には相当の被害を覚悟するしかないと教えている。
究極天使 ウルティマ・アンゲル
ヴィエーラで密かに開発されていた天使。第7次十字聖軍遠征(サブルムへの侵攻)の切り札となった。全部で12体存在する。しかし、他の天使同様禍々しい雰囲気を湛えている。
従来の天使は製造の過程の上で、何かしらの欠点があった。それを克服するため用いられたのが、人間に直接天使の因子であるα細胞を埋め込むことであった。その結果生まれたのが究極天使である。しかしそれでも究極天使として完成するのは稀であり、ほとんどのものが拒絶反応やα細胞の暴走に耐え切れなかった。結果として12体完成しているが、その下には何人もの人間が犠牲となっている。また被験者はα細胞によって精神が崩壊しているため、暴走する危険性もある。なお内部データには12体それぞれに名前があるが、本編では出てこない。

2009年01月28日

黒溝台会戦(こっこうだいかいせん)

黒溝台会戦(こっこうだいかいせん)とは、日露戦争中の1905年1月25日?同年1月29日にロシア陸軍の大攻勢により起きた日本陸軍とロシア陸軍の戦闘。ロシア側の奇襲により始まり日本軍は緒戦は苦戦したが、結果的には日本の辛勝に終わった。欧米陸軍では、ロシア陸軍の作戦目標が沈旦堡であったことから沈旦堡付近の戦闘とも言う。
約束の橋 チーム 赤ずきん リコニー エジンバラ さくもん コモドド モスリン べにえび エンジン オーリ センデ ジーピー シーアイ マンサク ジュエリー トニック チューナー マンデート シャン だいろ 一千一秒 大人の生活 スキーム エイハラ スラロー ロータリー ティズム シンボル オヤマ ファシリ センタ テラコッタ センシ ツール モチーフ ギョリュ モジュ 中仙道 ひわき ジャッカル ケミストリー ローズウッド トークン 一字千金 地上の星 キャップ リーフ マナスル オーソラ

作戦前の日露両軍の状況
1904年2月10日に起きた日露戦争は、満州において鴨緑江会戦、金州南山の戦い、遼陽会戦、沙河会戦を経た後に奉天の南側で日露両軍が補給を待つ間に長く対峙し(沙河の対陣)、長い膠着状態が続いていた。日露両軍とも寒さと砲弾を避けるため、東西の方向に塹壕を掘り、上部に掩堆を施し、両軍が土の中にもぐったような状態であった。

この状態に陥った原因は両軍ともに補給待ち状態になったためであった。日本陸軍は旅順攻略に伴う砲弾の大量消耗のために極端な砲弾不足に陥っており、このままではロシア陸軍に打撃を与えるどころか次の会戦でさえ実行できないような状態が続いていた。他方、ロシア陸軍は先に起こった沙河会戦により兵員不足に陥っており、また頼みの綱のシベリア横断鉄道はまだ単線であったため、補給が追いつかない状態であった。この補給状態は異常なほどであり、たとえば補給を継続して行うには貨車をヨーロッパ側に戻さなければならなかったにも拘らず、それを行わずに、極東に貨車を置き捨てても行っていた。しかし、兵員の糧食・被服なども輸送するため、そんな非常手段でもまだ追いつかない状態にあった。実際には、この時点でも日本陸軍に打撃を与えることは可能であったが、日本陸軍より少々兵員が多い状態ではロシア軍の総帥クロパトキン将軍はそれを行わなかった。

この状況においてロシア陸軍は「退却将軍」のあだ名をつけられたクロパトキンに加えて、満州にいるロシア陸軍を指揮できる人間を欧州より派遣した。それがグリッペンベルグ大将である。グリッペンベルグ大将は、派遣当初満州陸軍を二つに割り、その片方を率いるよう命じられたはずであったが、着任してみるとクロパトキンは極東陸海軍総督という地位にあり、依然として満州にあるロシア陸軍の全権を持っており、グリッペンベルグ大将は三軍に分割した第二軍のみの司令官という立場であった。

この立場にあって、グリッペンベルグ大将は日本陸軍への大攻勢を企画した。これが日本陸軍を窮地の底に陥れた黒溝台会戦である。

ミシチェンコ騎兵支隊の威力偵察
日露両軍の布陣(日本軍の左翼、ロシア軍の右翼部分)、黄色の破線は意図された露西亜軍の進行経路黒溝台会戦前にロシア陸軍の総帥クロパトキン大将は、一大騎兵支隊による偵察行動を試みることになる。

後に「ミシチェンコの8日間」と呼ばれる威力偵察行動がそれである。この威力偵察は、日本軍の敵情を知るとともに日本軍の後方の兵站基地である営口を襲撃し、その地に揚陸されてある武器・弾薬や食料といった後方支援物資を焼き払うことによって、ただでさえ補給に滞りのあった日本軍をさらに窮地に陥れるものであった。

この威力偵察行動を起こすにあたって、クロパトキン大将は1月3日ミシチェンコ中将を奉天にあった司令部に呼び、命令。

ミシチェンコ中将指揮下にある騎兵支隊とは、騎兵72個中隊、竜騎兵4個中隊、砲22門、総勢約1万人という一大騎兵支隊と呼ぶにふさわしい陣容であった。

この騎兵支隊は1月9日、ミシチェンコ中将によって日本軍陣地のはるか後方の営口に向かって進軍を開始。途中日本軍の電柱を倒したり、線路を爆破したりしながら、1月12日夜半目的地である営口に到達し、攻撃を行ったが、満足に目的を果たせないまま、退却を開始した。しかし、当初の目的である偵察においては、大いに目的を達成した。

日本軍の守備陣形と秋山少将の戦術
ミシチェンコ中将の偵察行動により、ロシア軍は日本軍の最弱点を発見した。このとき、日本軍は東西方向に大きく翼を広げたような格好で陣地を構築しているものの、場所によっては厚さにムラがあった。西側より順に秋山支隊、第二軍、第四軍、第一軍といった布陣で展開し、このうち第二軍、第四軍は中央を担当している関係上、最も厚く布陣されており、最も攻撃に適さず、それに次ぐのが第一軍で、東側の山岳地帯に布陣していたが、ある程度厚く布陣されていた。その結果、日本軍の最弱点は日本軍最左翼にあった秋山支隊ということになる。

秋山支隊とは秋山好古少将率いる騎兵支隊で、騎兵第1旅団(習志野)を中心とした歩騎砲の3兵種を備えた複合型騎兵集団であり、奥保鞏大将率いる第二軍に属し、日本軍最左翼を守備していた。しかし、その陣容は40km余りある正面をわずか8000人程度の人員で守備するという心細いものであった。

これをどうしても守備しなければならないとなると、どうしてもどこかに無理が起こるようになる。そこで、「日本騎兵の父」と呼ばれた秋山少将は、拠点防御方式という騎兵としては相容れない考えの戦術を採用することになる。騎兵という兵種はその性格上、敵の最弱点に対し、その機動力と攻撃力をもって大打撃を与えるためにあり、秋山少将の考え出した拠点防御方式では穴ぐらに馬ごと潜ってしまい、これでは、騎兵のもって生まれた機動力が生かされないことになる。しかし、秋山少将はあえてその戦術を採用することによって、この無理な防御体制を何とか構築し、そしてこの黒溝台会戦のピンチを救うことになる。

この秋山少将の拠点防御方式には4大拠点があり、西部側より黒溝台に種田支隊、沈旦堡に豊辺支隊、韓山屯に三岳支隊、李大人屯に秋山支隊主力であったが、秋山好古少将は自分の司令部を奥第二軍との連絡のために支隊の一番右側に置き、また、戦力としても各師団に配属されている師団騎兵(連絡用)をわずかに率いているだけで、もともと自分の率いていた騎兵第1旅団を自分の手元には置かず、ロシア軍が突破するならその進路になりそうな沈且堡に主力を置き、豊辺大佐に指揮を執らせていた。

満州軍総司令部の錯誤
ミシチェンコ支隊の威力偵察行動は兵力も大きく、行動範囲も大きかったため、日本の騎兵による偵察で十分に察知されたものであり、秋山少将は、「敵の前哨活動が活発である。何か大作戦の予兆あり」と満州軍総司令部に対して幾度となく重大な警報が送り続けた。しかし、その警報はことごとく黙殺された。更に先に述べたロシア軍のシベリア鉄道による補給活動は、あまりに活発であったため、その情報は日英同盟の誼もあって、ロンドンのイギリス軍の情報部より日本大使館駐在武官を経由して、列車の運送状況などの細かな情報がふんだんに入り、その情報は地球を半周し、東京の大本営を経由して満州軍総司令部の机上にまで届けられた。しかし、その情報も結局黙殺されてしまった。

黙殺の理由は「この冬季にロシア軍が大作戦を起こすはずがない」といったものである。この時期の満州の大地は全土が凍り付いているという表現が当てはまるほどに凍結していて、糞便をしてもすぐに固まって石のようになり、ツルハシで陣地の構築を行おうとしても一日にわずか7cmしか掘れないといった感じであった。日本の満州軍総司令部の参謀達は、ロシア軍の習性として敵を撃退し、前進した後に必ず踏みとどまって陣地の構築をするという風に見込んでいて、この陣地の構築をすることが非常に困難なこの季節ではロシア軍でさえも攻撃を発起するはずがないと考えていた。

しかし、ロシア軍の習性として攻撃を発起するのは、ナポレオンのロシア遠征を見てもわかるように、冬将軍を味方にすることのできる時期であり、この時代から約40年後にナチス・ドイツが反撃されたのも、この時期であった。ナチス・ドイツの件は後の事なのでわからないにしても、ナポレオンの話は周知のはずである。こんな単純な情報も除外された。

さまざまな情報がすべて、ロシア軍の大作戦を予兆するものであるにもかかわらず、満州軍総司令部がこれらの情報に目を向けないという状況において、ロシア軍の大攻勢が実施された。この初歩的な錯誤はのちのちまで大きく響き、日本軍の左翼は全線に渡って、崩壊寸前にまで追い詰められるのである。

会戦開始から一度目の応援
グリッペンベルグ大将が総勢10万人に及ぶ大兵力を率いて、攻勢を開始した際、日本側の満州軍総司令部はこの時点でもまだ威力偵察ぐらいに考えていた。1月22日鳥邦牛にて、騎兵第2旅団の将校斥候がロシア騎兵に遭遇し、ほぼ全滅に近い状況が起こっても、それでもまだ威力偵察ぐらいに考え、一応手当てとして、第8師団(弘前)を応援にやる程度にとどまった。この第8師団は、師団外の兵力として後備歩兵旅団を付属しており、兵力的には2万人程度のものであった。威力偵察程度に考えていた総司令部は、この第8師団のみで対応できると考えてしまったのである。この弘前第8師団を率いるのは、日本陸軍の最古参の中将であり、維新の幕府軍側の生き残りである立見尚文であった。しかし、この応援が少なすぎた原因のひとつとして当時全日本軍の戦力が枯渇しており、旅順は開城したとはいえ乃木大将率いる第三軍はまだ旅順からの途上にあり、全日本軍の予備軍はこの第8師団しかないという状況でもあった。

立見は1月24日総司令部より準備命令を受け、翌1月25日正午に「黒溝台を救え」という命令の立見が受け取ったときには、黒溝台には地平線を埋め尽くさんばかりのロシア軍が押し寄せていた。秋山少将の4大拠点はどこもロシア軍の重圧を受けており、雪の中をロシア軍の銃砲弾が飛び交うという状況にあった。

秋山少将ははじめロシア軍の重圧が韓山台あたりに大きくかかってきたため、三岳支隊がいる辺りがロシア軍の攻撃目標と見誤り、隣の沈旦堡の豊辺新作大佐に対し、三岳支隊に応援を出すように指令した。このため豊辺大佐は三岳支隊応援のため、一隊を編成、小池順中佐に指揮させ、応援させることにした。ところが25日夜ごろから沈旦堡付近のほうが戦況として激烈になり、豊辺大佐は後方にいた別系列の後備歩兵第31連隊の小原文平中佐に支援を請い、小原中佐は豊辺大佐支援のため2個中隊を派遣した。

このころ立見中将率いる第8師団は戦線のはるか後方より零下30度近い寒気の中を前線へと駆けつけ、26日夜に大台まで駆けつけた。ここで、第8師団の由比光衛参謀長は救援すべき猛烈な攻撃を受け続けている黒溝台の陣地を捨て、後で奪い返すように考案し、秋山少将の指揮下の部隊であったにも拘らず、総司令部の命令で種田支隊を退却させた。しかし、ロシア軍は一度奪った黒溝台陣地を再構築し、ロシア軍の拠点陣地として活用し始めた。このため、第8師団は一度捨てた陣地をまた奪い返さなくてはならなくなった。それでも第8師団は黒溝台を奪い返すために展開をはじめ、それが終わったときにロシア軍が総力を挙げて襲い掛かってきた。このため、第8師団は秋山支隊を救援するどころか、自分たちさえ窮地に陥った。

日本軍の増援投入とロシア軍の撤退
日本軍の満州軍総司令部は、手持ちの兵力(予備軍)が限られていたことと、状況が錯綜し、情勢の把握ができていなかったことから、兵力の逐次投入という戦術上行ってはならないタブーを行なった。まず最初に、救援に送った第8師団がたちまち窮地に陥り、第8師団の参謀長が満州軍総司令部に「聞いてた話と違う」と噛み付いたときから、日本の満州軍総司令部はかなり狼狽した。

この状況において、さらに救援を送りたくとも総予備軍を使い果たしていた日本軍は、やむなく中央部を守備している奥第二軍より木越安綱中将率いる第5師団(広島)を26日夜派遣することに決定。さらに、27日日本軍最右翼を守備している黒木第一軍より西島助義中将率いる第2師団(仙台)の一部、28日には奥第二軍より大島義昌中将率いる第3師団(名古屋)が派遣された。

このように派遣された兵力は4個師団と後備歩兵旅団が1個、砲兵連隊が2個連隊の大規模なものになった。このため、満州軍総司令部は立見中将の統一指揮の下に「臨時立見軍」として行動させようとしたが、 ?立見尚文率いる第8師団は軍としての準備がなされておらず連携出来なかった。 ?立見尚文自身も第8師団の動員が遅かったため、敵情に暗かった。 ?立見尚文より古参の中将がおり、序列上命令することが困難だった。 というような理由から実現せず、「臨時立見軍」は戦史上だけの幻の軍となった。

この応援軍は28日朝から、秋山支隊の各拠点に入り、秋山支隊に重圧を与え続けるロシア軍を撃退しだした。28日夜、立見中将率いる第8師団はロシア軍に師団をあげて夜襲を行い、29日朝黒溝台を占領した。しかし逸話に寄れば第八師団部に秋山支隊からきた稲山利通海兵中佐と元々黒溝台に駐屯していた種田支隊の協同奇襲という。だが実際のところ、ロシア軍は28日夜に出された奇妙な退却命令により撤退しただけに過ぎなかった。

ロシア軍の敗因
兵力的にはロシア軍は負けるべくして負けたわけではない。日本軍の参加兵力は約5万3千人、死傷9千3百余人。それに対し、ロシア軍の参加兵力は約10万人で、死傷約1万人。28日の時点で、日本軍側はたとえば立見中将率いる第8師団が死傷5割程度(ほぼ全滅に等しい損害)であったことを考えても、ロシア軍側はまだ健全な兵力が約9万人もあり、退却すべきではなかったといえる。これには、ロシア軍総帥のクロパトキン大将の意向が大きく働いており、このまま成功して日本軍に大打撃を与えてしまっては、いままでそれをできなかった自分の評価が下がると考えていた。このことは、グリッペンベルグ大将が辞表を本国に提出し、ロシア本国へ戻った後、日本軍の奉天大会戦開始前にクロパトキン大将が計画した作戦と今回計画された作戦とほぼ似ていることからうかがえる。つまり、さも自分が計画したかのように、同じ作戦を遂行しようとしていたと思われる。(司馬遼太郎『坂の上の雲』参照)

しかし、なぜ退却したのか不明な点もあるが、事実として日本軍はこれによってロシア軍の意図をくじき、ロシア自体も今作戦での負けを認めたことにもなり、ロシア国内に蔓延していた厭戦気分に大きく影響することになる。また、これよりのちにロシア軍が主導して大会戦を行うことはなく、のちの奉天会戦に至っては日本軍の意図に振り回され、はるか公主嶺まで退却することとなった。この会戦が日露戦争の流れを規定したといえ、さらに大きく見れば、ロシア帝国の崩壊の遠因ともいうことができる。

黒溝台会戦において主導的に戦闘を行いつつも、内部での不明瞭な決定によって戦闘を終了してしまったことは、日露戦争におけるロシア軍の体質的な問題を象徴しているといえる。

この会戦にて、野戦で初めて本格的に機関銃が使われた。それまでの野戦は榴散弾による砲撃と銃剣突撃を駆使した肉弾戦が主流だったのに対し、秋山旅団においては己の不利な部分(旅団の規模、装備、練成等)を塹壕の構築、機関銃の集中使用によって補う方法が模索された。その結果が、黒溝台の塹壕構築と機関銃の大量使用につながる。

この機関銃を装備した塹壕陣地をロシア軍は5:1の兵力差があったにもかかわらず、結果として突破する事は出来なかった。これは、この戦争において旅順要塞攻防戦、奉天会戦における塹壕と機関銃の大活躍と相まって「いかなる大軍と言えども、機関銃を装備した塹壕を突破する事は困難」という戦訓を残した。欧米諸国は当初この戦訓を真剣に受け止めなかったが、第一次世界大戦において西部戦線やガリポリの戦いでは双方が互いに塹壕を構築、対峙した上での大量消耗戦へと発展して行く。この方式が破られるのは、第二次世界大戦のドイツ軍の電撃作戦まで待つ事になる。